旧辻川郵便局を見に行く

2008年07月13日(日)

車両 :BMW R1100RS

走行距離:75Km

カメラ:Nikon D40X


先月後半に悪化した腰痛からようやく回復し、一昨日からウォーキングも再開しました。そろそろバイクにも乗ってみようと思い、先日新聞記事で知った「旧辻川郵便局」を見に行くことにしました。片道20kmという近い距離なので、腰のリハビリにもちょうど良さそうです。


旧辻川郵便局

今回のみどころの「旧辻川郵便局」がある神崎郡福崎町は、片道20km程度のお散歩ツーリング圏内にあるため、下道を使ってゆっくり走ろうと思っていたのですが、いざ走りに出てみると、交通量や信号が多い市街地を抜けるのが面倒臭かったので、結局いつも通り姫路バイパスにあがり、播但連絡道(高速道路)を使ったので、あっと言う間に福崎町まで走りきってしまいました。
 
播但連絡道を降りたあとは、福崎町の中心部へ向けてRSを走らせ、郵便局と同じ名前の「辻川」という信号を北へ抜けると、辻川通りという横断幕が掲げた細い通りが現れました。おそらく「旧辻川郵便局」はこの通りの中にありそうです。

通りに進入し、旧街道の雰囲気を残した家並みのなかをRSでゆっくり進んで行くと、左手に薄い緑色の外壁を身にまとった洋風建築が現れました。そう、これが本日のみどころである「旧辻川郵便局」です。
 
我が兵庫県には八棟しか残っておらず、国登録有形文化財にも指定されたその木造洋風建築の郵便局舎は、長年の風雨によって少し朽ち果てつつあるものの、そのたたずまいをもって、自らが建立された明治時代の雰囲気を今に伝えていました。

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大庄屋三木家

「旧辻川郵便局」のお隣には、「大庄屋三木家住宅」という看板が掲げられた邸宅が残っていました。瓦屋根にネットが張られていたので、老朽化のために一般公開はされていないものと思われますが、外から眺めただけでもかなり立派なお屋敷である事がうかがい知れました。
 
この三木家は、江戸時代初期の姫路藩主である榊原家に新田開発を命じられてこの地に移ってから、廃藩置県を迎えるまでの長きにわたり代々姫路藩の大庄屋を務めた家柄で、先ほどの「旧辻川郵便局」も、元来は土地・建物ともにこの三木家所有だったのだそうです。
 
明治の文豪であり、偉大な民俗学者としても有名な柳田國男は、幼少の頃にこの三木家に預けられていた時期があり、その際に三木家に所蔵されていた大量の書物を乱読した事が、豊富な知識の源になったのだそうです。

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柳田國男生家

辻川通りから少し北側へ移動した小高い丘の上には、その柳田國男の生家が移築・再建されていましたので訪れてみました。また、柳田國男の生家の隣には「柳田国男・松岡家顕彰会記念館」という資料館が併設されていて、柳田國男とその生家である松岡家の足跡を学べる様になっていました。

ちなにみ、國男はこの家の事を「日本一ちいさな家」と評論していたそうで,
この家の小ささという運命が、自らの民俗学への源であると後に語っていたそうです。

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旧神崎郡役所

「柳田国男・松岡家顕彰会記念館」の裏手には、「旧神崎郡役場」を移築・復元した「神崎郡歴史民族資料館」がありました。この「旧神崎郡役所」は、明治19年に建てられたギリシャ建築様式を取り入れた洋風建築で、二段式の玄関やポーチ部分が特徴的な建物でした。
 
昭和57年に現在地へ移築・復元され、資料館として開館したのだそうです。

 

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帰路

ここまでで、一通り「旧辻川郵便局」周辺の見所を回りましたので、福崎町をあとにする事にしました。
 
その後は、気分次第で適当にRSを走らせ、適当な見所を探しながら走ってみましたが、あまりの暑さに負けてしまい、結局少し遠回りをしてだけで、そのまま家まで帰ってきました。


あとがき

今回は、走行距離わずか75kmというミニツーリングでしたが、良い腰のリハビリになりました。暑さのために無性にソフトクリームが食べたくなり、帰りのバイパスで思わずパーキングエリアに飛び込んでしまったのは秘密です。