バイクで街道をゆく

2007年11月03日

車両:BMW R1100RS 

走行距離:330km

カメラ:Nikon D40X


万葉集の時代から潮待ちの港として栄え、数々の歴史の変遷とともに歩み続けてきた鞆の浦を目指して走ってみる事にしました。私自身、鞆の浦には2004年のツーリング「DISCOVER WESTの旅」で偶然立ち寄った事があるのですが、その時は鞆の浦に関して充分な知識を持ち合わせていなかったため、趣深い町並みを少し写真に納めただけで、多くの見所を残したまま立ち去っていました。それ以来、機会があればもう一度再訪したいと思っていたので、約3年振りに訪れてみる事にしました。

今回、いにしえの港町である鞆の浦を目指して走るにあたり、旧山陽道沿いに残る古い町並みもあわせて訪れる事により、古い町並みをテーマとして走って見ることにしました。


旧山陽道をめざして

当日は不覚にも目覚ましをセットするのを忘れてしまい、午前7:30過ぎという割と遅い時間に起床したため、身支度を調えてRSと共にツーリングをスタートさせたのは、「通勤割引」の刻限が近づきつつある午前8:40でした。出発した時間が遅かったので、午前9:00までに山陽自動車道の姫路西ICを通過できるかどうかが微妙でしたが、何とか5分前に通過して、からくも「通勤割引」の権利をゲットしました。
 
嬉しい事に今日の天気は上々で、雲一つない青空が秋の穏やかな陽射しに照らされた山々と見事に調和し、秋ツーリング独特の雰囲気を醸し出していました。
 
良い雰囲気で山陽自動車道を快走し、玉島ICで高速を降りたあとは、県道54号線を経由して国道486号線へ合流しました。この国道486号線は、ツーリングマップルに山陽道と記述されている事からもわかる様に、沿線上に旧山陽道の面影が残る古い町並みが残されています。
 
私とRSは、小田川沿いに広がるのどかな田園風景を楽しみながら国道486号線を快走して、その一つである矢掛本陣・脇本陣へ到着しました。


矢掛宿探訪(矢掛本陣・脇本陣)

矢掛(やかげ)本陣は、この矢掛宿で庄屋兼造り酒屋を営んでいた石井家(屋号は佐渡屋)が、寛永12年(1635年)に本陣職を命じられた事が始まりといわれています。現存する本陣施設のうち、御成門・玄関・御座敷などの主要な建物は、江戸時代後期(天保年間〜安政年間)にかけて再建されたものなのだそうで、国の重要文化財に指定されています。

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本陣から東へ400mほど移動したところに脇本陣も残っています。こちらは、両替商の高草家が命じられて営んでいたそうで、白壁の土蔵と堅固な門が印象的な建物でした。こちらも本陣と共に国の重要文化財に指定されています。

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矢掛は、旧山陽道の宿場として栄えた町らしく、本陣・脇本陣以外にも趣のある白壁の建物が沢山残っていました。また、宿場町から発展した商店街には、古くからこの通りが栄えていた事を物語るかの様に、昭和の香りが漂う懐かしいお店が点在していました。

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山陽道で福山まで

矢掛本陣を離れて山陽道を西へ走っていくと、国道486号線は国道313号線との重走区間に入ります。湯野口の交差点で再び国道486号線と国道313号線に分かれ、それぞれ旧山陽道(←旧街道の旧山陽道と紛らわしいですが・・・)と山陽道にその名を変えます。私とRSは山陽道へ分岐して福山の街へ入り、本日第二の目的地である神辺本陣へたどり着きました。


神辺宿(神辺本陣)

神辺本陣には、ボランティアのガイドさんがいらっしゃり、神辺本陣に関して色々と説明をして下さいました。ガイドさんの説明によると、この神辺本陣は、この地で造り酒屋を営む菅波家が幕府に命じられたもので、参勤交代の際は筑前福岡藩・黒田家の定宿として栄えたのだそうです。そのため、この神辺本陣の瓦には黒田家の紋が刻まれています。
 
延享五年(1748)に建てられたと言われるこの建物は、時折改修の手を入れつつも、ほんど当時のままの姿で残されており、広島県の重要文化財に指定されているそうです。屋敷の中には藩主が投宿時に掲げた木札などがそのまま残されており、この建物が本陣として歩んできた歴史を感じることができました。

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鞆の浦を目指して

神辺本陣をあとにして、私とRSは福山の街を縦断して鞆の浦を目指します。車が混み合う市街地を抜け、芦田川を越えて県道22号線へ合流し、左手に広がる備後灘を眺めながら海岸沿いを快走すると、美しい弁天島と仙酔島の姿が目に入ってきます。そして、その二つの島が最も間近に見えるその町こそが、本日の最終目的地である鞆の浦です。


鞆の浦

鞆の浦は、万葉集にも登場するほどの長い歴史をもつ天然の良港で、瀬戸内海の東西の潮流がぶつかる場所である事から、潮待ちの港として栄えました。また、その長い歴史の中において、時代の節目毎に歴史の表舞台にしばしば登場してきました。
 
「足利は鞆に興り、鞆に滅ぶ」と言われる様に、足利尊氏が幕府開設のための院宣を受け取ったのがこの地であれば、織田信長に追放された足利家最後の将軍義昭が生涯を終えたのもこの地でした。また、尼子家再興を夢見て立ち上がった山中鹿之助が処刑されたのもこの地でした。
 
さらに幕末には、禁門の変で京を追放された長州系の公卿達も立ち寄っていますし(いわゆる七卿落ち)、海援隊を率いる坂本龍馬が、紀州藩の汽船と起こした衝突事故、いわゆる「いろは丸事件」の談判の地としても有名です。
 
私は、堤防沿いに整備された駐輪場にRSを停めさせてもらい、この趣深い鞆の浦の散策を開始しました。


常夜灯のある風景

鞆の浦の町に足を踏み入れて、一番最初に立ち寄ったのが常夜灯です。古くからの港町として栄えたこの鞆の浦において、長年にわたり灯台としての役目を担ってきた、いわば鞆の浦の象徴とも言える建造物です。現在の常夜灯は安政6年(1859年)の建立で、今も鞆の浦において港と共に生きる人々とともに歴史を刻み続けています。
 
また、常夜灯の周辺には、階段状の港湾施設である「雁木」が残っていて、今も現役の船着き場として活用されています。

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対潮楼

次に、鞆の浦随一の景勝地を尋ねてみました。鞆の浦東岸沿いの小高い丘の上建つ海岸山福禅寺というお寺には、本堂に隣接して客殿が設けられています。その客殿は対潮楼と呼ばれており、美しい鞆の港に浮かぶ弁天島と仙酔島の景観を、額縁の図として見ることできます。

江戸時代には朝鮮通信使の迎賓館としても使われ、その際に従事官の李邦彦が客殿からの眺望を「日東第一形勝(朝鮮より東で一番美しい景勝地という意)」と賞賛したと言われています。

私もこの対潮楼の座敷にたたずみ、しばらくの間美しい景色に心酔していました。

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龍馬の足跡

次に、龍馬の足跡を訪ねてみたいと思います。冒頭にも述べた様に、紀州藩の汽船明光丸と海援隊の汽船いろは丸との海難事故、いわゆる「いろは丸事件」の談判のために、あの坂本龍馬がこの鞆の浦に数日間滞在しています。その際に立ち寄ったと言われる建物などが、様々な人達の努力によって現在も保存されています。紀州藩の高柳楠乃助らと四日間におよぶ賠償交渉に挑んだと言われる旧宅や、その間龍馬達が潜伏していたと言われる家屋、そして、その「いろは丸事件」を題材に、様々な資料を展示している「いろは丸展示館」など、龍馬の足跡を忍ばせる見所たちをくまなく見てまわりました。

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鞆の浦の街並み

主要な見所の探訪をおえたので、前回のツーリングの際に「まるでタイムスリップしたかの様な町並み」と評した、鞆の浦の懐かしい町並みをじっくりと見物してまわりました。

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鞆の浦レトロ

また、鞆の浦には古い町並みの中に、ちょっとレトロな雰囲気をもった洋風建築も残っていたりして、なかなか良い雰囲気を醸し出しています。写真のレトロな茶店で珈琲ブレイクとしゃれ込みたかったのですが、散策に時間を費やしすぎて、珈琲を飲む時間が作れなかったのが残念でした。今度このレトロな喫茶店で珈琲を飲むためにカフェレーサーしてみようかな・・・。

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保命酒

さて、そろそろ予定時間もおしてきたので、鞆の浦の名産品の保命酒を調達して帰る事にします。保命酒とは、正式名称を「十六味地黄保命酒」と言い、十六種類の生薬を配合して作られた薬酒です。江戸時代には、藩の重要な特産品として備後福山藩から保護を受けていたものなのだそうです。

その当時の保命酒屋の中村家の屋敷が、現在も太田家住宅として残っています。ここには幕末の七卿落ちの公卿達も立ち寄っており、保命酒を絶賛した歌を残しているそうです。

現在、鞆の浦には何件かの保命酒の醸造元があるのですが、今回は常夜灯の近くにある保命酒屋という店で購入しました。

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さらば鞆の浦

おみやげの保命酒も調達したので、最後に鞆の浦の町を一望できる高台に登り、鞆の浦に別れを告げて、あとは高速の人となって家まで帰ってきました。

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あとがき

今日は、旧山陽道に残る宿場町と、いにしえの港町である鞆の浦をセットにして、古い町並みをテーマにしたツーリングを敢行してみました。天候に恵まれた事もあり、統一感のあるテーマのもとでかなり高い満足感を得られたツーリングとなりました。