行き当たりまったりの旅

2006年01月15日(

車両:BMW R1100RS

走行距離:130Km

カメラ:Canon IXY DIGITAL450


土曜日いっぱい降り続いた雨もあがり、気温も暖かくなるというので、2006年初のツーリングに出る事にしました。いくら暖かいと言っても今はまだ1月、さほど長時間走れるわけでもないので、往復200km程度も走る事が出来れば充分だろうと思い、神戸市の舞子町にある孫文ゆかりの洋館「移情閣」を見に行く事にしました。


多木浜洋館

家を出たのは少し遅めの9:30でした。「移情閣」を見に行くと決めたものの、そこまでのルートやその後どこへ行くか等を決めているわけでもないので、今回は気分次第で行き当たりばったりに走って見る事にしました。まずはいつも通り姫路バイパスへあがり、東へ向かってバイクを走らせます。「移情閣」がある舞子を目指すには、このまま姫路バイパスを走って加古川バイパス・第二神明道路を経由し、玉津ICあたりで下りるのが一番手っ取り早いのですが、いきなり「移情閣」へ行くのも芸がないと思い、高砂南ICから明姫幹線へ合流し、加古川市の別府港近辺にある洋館「多木浜洋館」を見に行く事にしました。

この「多木浜洋館」は、この別府近辺の科学肥料会社である多木化学の創始者が、迎賓館として築いたもので、屋根・外壁ともに銅板葺きであったため、当時は「あかがね御殿」と呼ばれていたそうです。今は四方をフェンスで囲まれて立ち入り禁止になっていますので中へ入る事はできませんが、建物の中もさぞかし豪華な意匠が凝らしてあるのでしょう。


浜国を東へ

「多木浜洋館」を後にして、ハマコクを東へ走ります。この道は、海岸沿いに走る国道(250号)だったのでハマコク(浜国)と呼ばれていましたが、現在は明姫幹線が国道250号線となったため、正確には県道718号線です。昔は高速代金をケチって(姫路バイパスも有料だった)よくこの道を走って神戸・大阪方面をめざしていましたが、ここ数年は通る機会が無かったので、久しぶりに走ると懐かしいものがありました。
 
明石から国道2号線へ合流し、左手に明石天文科学館を見ながら東へ走り、今まで工場や住宅街などに阻まれて見えなかった海が目の前に現れると、そこは古の景勝地舞子です。巨大な明石海峡大橋が目の前を横断しています。その橋のたもとにある舞子公園の中に、本日の目的地である「移情閣」が移築されています。
 
公園に併設されている有料駐車場は、二輪車は使用出来ない様なので、釣り人達がバイクを停めている堤防沿いにRSを駐車し、舞子公園内へ入りました。


移情閣(孫文記念館)

舞子公園はとても綺麗な公園で、付近の住民たちの憩いの場として利用されていました。芝生の上でサッカーを楽しむ人、絵画を楽しむ人、将棋や囲碁の盤を持って来て対戦を楽しむお年寄り、自転車海岸線を流す人などなど、それそれに休日のひとときを楽しんでいました。
 
「移情閣」は、以前は国道2号線沿いにひっそりと建っており、若かりし頃からこの辺りを通るたびに、何だか変わった建物だな〜と思いながら見ていました。明石海峡大橋建設に伴い移転・改修が行われる事となり、その報道により、中国の思想家孫文ゆかりの建物である事を知りました。今は、その孫文の業績を紹介する「孫文記念館」として活用されています。
 
この「移情閣」は、その昔中国人実業家の呉錦堂が舞子に築いた別荘「松海別荘」の東側に建てられた八角三層の楼閣ですが、外観が六角形に見えるので「舞子の六角堂」と呼ばれていたそうです。その後、国道2号線の拡張工事に際して「松海別荘」は解体され、「移情閣」のみが残ったのだそうです。
 
孫文とのつながりは、1913年に孫文が正式に訪日した際に、「松海別荘」で開かれた歓迎レセプションに出席した事に端を発する様です。
 
館内では孫文の足跡などを紹介している他、この「移情閣」を建てた実業家呉錦堂に関しても詳しく紹介していました。ちなみに入館料は300円でした。
 
一通り見物を終えたので、館の外へ出ようとすると、館長さんらしき人が話しかけてくれ、「移情閣」が貴重な木骨建築である事や、近年呉錦堂についての研究が開始された事などを教えてくれました。そして、わざわざ事務所へ戻り、兵庫県の見どころが網羅された冊子を手渡してくれました。ありがとうございました。ただ、後で見てみると、そのマップは全て英語表記でした・・・・。
 
その後は、目の前に広がる明石海峡を眺めながら、舞子公園でしばし「まったり」とした時を過ごしました。


神戸税関

舞子公園を後にして、旧外国人居留地を目指して走ってみましたが、途中で道を間違えてしまったため、洋風建築つながりで神戸税関に立ち寄ってみました。

 

神戸税関の旧館部分は昭和初期に造られたもので、時計塔の中が見事な吹き抜けになっているらしいのですが、残念ながら今日は日曜日なので中に入る事はできませんでした。


明石焼を食す

一通り神戸税関の外周を見物し終えたので明石まで戻り、少し遅い昼食ですが「明石焼き」をいただきます。

余談ながら、我々関西人にとって、「たこ焼き」&「明石焼き」は切っても切れないほど密接な関係があります。良く「関西の家庭には、一家に一台必ずたこ焼き器がある。」といわれますが、それは間違いなく真実です。そして、我が姫路もその「たこ焼き」&「明石焼き」圏内にあります。ただ、大阪より明石に近いためか、百貨店や国鉄姫路駅の地下の食品街に併設されていた「たこ焼き」コーナーは、全て出汁につけて食べる「明石焼き」でした。また、家で母親が作ってくれたのも「明石焼き」でした。

それほど慣れ親しんだ「明石焼き」ですが、本場で食べるのは初めてです。

TV番組や雑誌等では「本家きむらや」が紹介されて有名ですが、お客さんが多くて行列が出来ていたので、あらかじめリストアップしていた候補のなかから「ウタ」というお店に入ってみました。

カウンターにテーブル席がいくつかある程度の、さほど広くない店舗でした。カウンターでは常連さんらしき人々がビール片手に盛り上がっていましたので、テーブルの方に案内されました。店員さんの応対もとても親切で、家庭的な雰囲気が漂うお店で、出てきた「明石焼き」もとても美味しく大満足でした。デジカメで「明石焼き」の写真を撮るのがちょっと恥ずかしかったので、携帯のカメラでこっそり写真におさめました(笑)。

お勘定を済ませる時に、「うるさくてすみませんね。」と店員さんが気を遣ってくださいました。「明石焼き」初体験ながら良い店に当たったなぁ。


帰り道

「明石焼き」を食しツーリング気分を充分満喫したので、帰路につく事にしました。商店街を西に走りって姫路を目指します。私の計算では、このまま国道2号線へ出て、偉大なるカワサキモーターサイクルの本拠地である、川崎重工明石工場前を通過する予定だったのですが、勘違いをしていた様で、再びハマコクを走っていました。残念・・・!

そのまま浜国を走って二見まで戻り、土山からバイパスを使って一気に姫路まで戻ってきました。


まとめ

今日は、結果として洋館・西洋風建築を巡る旅となり、最終的に「明石焼き」でしめるという、まとまったのかまとまっていないのか、良く分からんツーリングとなりました。ただ、まったりとした雰囲気を楽しめたので、2006年初のツーリングとしては上出来だったと思います。