戸次川古戦場ポタリング

2010年03月16日(火) 走行距離39.3Km NikonD40X&CASIO W63CA


豊臣秀吉による九州平定の序盤、豊臣・大友連合軍と島津軍との間で争われ、豊臣軍の大敗に終わった戸次川(へつぎがわ)の戦い。一般的にはあまり知られていないこの戦いは、豊臣軍として従軍していた長宗我部元親の嫡男・信親が、約六百名の御供と壮絶な討ち死にを遂げるほどのすさまじい戦いでした。

 

長宗我部元親の生涯を描いた司馬遼太郎さんの小説「夏草の賦」の終盤におけるこの戦いの描写が感動的に素晴らしく、私にとってのお気に入りの歴史上の一場面となっており、機会があればその舞台となった場所に是非訪れてみたいと思っていました。


今回の九州長期滞在はその大きなチャンスなので、ネットで調べてみると、なんと驚くべき事に、会社の目の前を流れている川こそが、まさにこの戦いに出てくる戸次川でした。今は大野川と名前を変えているので全く気づきませんでした。

 

今までは漠然と北九州あたりにあるのだろうと思っていたのですが、実は大分県で、しかも、自分の生活圏のすぐ近くが古戦場だったなんて、まさに鳩が豆鉄砲食らったような気分でした・・・。

 

それを知ったのは二日前でしたが、知ったからには早く訪れてみたくなり、なかば突発的にポタリングを決行しました。


戸次川まで

アパートの部屋を出たのは11時ちょうどぐらいだったでしょうか、東の町へと続く急な坂道を高速で駆け下り、森町バイパスと呼ばれる県道208号線を南下していきます。この辺りは交通量が多いため、自転車も歩道を走る様に指示されていますが、段差や継ぎ目がとても多く、あまり走り心地は良くありません。

 

県道21号線との交差点を越え、大野川の支流・乙津川と併走する様になると、県道208号線も交通量が若干減りますが、歩道を走行する事に変わりはありません。また、このあたりからは、道路は若干の上り下りがありましたので、変速機を小まめに切り替えながら、出来る限り身体に負担を掛けない様にして走っていきます。バイクは新車でもエンジンが40過ぎの年代物なので、あまり無理は利きませんからねぇ・・・(笑)

 

15分ぐらい走ると、左手に私の勤務先の工場が姿を現しました。この工場は、大野川(旧:戸次川)の水を利用して生産活動を行い、それを100%浄化して川に戻しています。わずか3ヶ月余りの滞在予定とは言うものの、こういう形で戸次川と関わる事になろうとは、奇妙な縁を感じますね・・・。

 

さらに南下をつづけると、ようやく目の前に大野川がその姿を現しました。対岸には自転車道らしき道が整備されていましたので、交差する国道10号線を使って大野川東岸へ渡ってみました。ここまでの走行距離は約9.5Km、結構汗もかいていましたので、上着を脱ぎ捨て、携帯マグに入れてきたアイスティーを飲みながら、火照ったエンジン(俺か・・・)をクールダウンさせるためにゆっくりと休憩をとりました。


自転車道を快走する

ここからは、大野川の堤防に設けられた自転車道を使って古戦場を目指します。正確には、自転車道と明記されていなかったので、遊歩道と言った方が正しいかな。いずれにしても、車が通ることがない道は余計な神経を使わずに済むし、何よりも勾配がなく道が平坦なのが嬉しいです・・・(笑)

 

軽やかに響くチェーンとスプロケットの摺動音に耳を、そして、道の両側に美しく咲く菜の花に目を楽しませながら、快適に自転車道を駆け抜けていきました。

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古戦場までの迷走

しばらく走ると、気持ち良かった自転車道も終点となり、対向4車線の大きな道路へと合流しました。どうやら、これは先ほど大野川を渡る時に使った国道10号線の様です。合流地点には「東九州自動車道の早期完成を」という看板が大きく掲げられていました。九州では車に乗れないけれど、確かに地図を見ると九州東岸の道路網は不便だよな・・・。などと、自分に関係のない事なのに妙に感心しながら県道10号線を南下していきました。

 

例のごとく、上り下りの勾配に苦労しながらも国道10号線を南下していきますが、かれこれ15分ぐらい走っても古戦場を示す看板が姿を現しません。さすがにこれはおかしいだろうと思い、携帯のナビで調べてみると、何と、古戦場を4Km以上も行き過ぎてました・・・(汗)

 

周囲を注意深く観察しながら来た道を戻っていくと、なんと、先ほど見た看板のすぐ横に、「戸次川古戦場跡」という看板が立っていました。いらん物に気を取られている間に肝心な看板を見落としていた様です。まさに不覚でした・・・。

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戸次川古戦場

戸次川古戦場跡には、看板以外に戦いを示すものは何も残っていませんでしたが、それでも、個人的にはかなり感慨深いものがありました。出来れば自宅の本棚に眠っている「夏草の賦」を持参して、合戦の場面をここで読み返したかったなぁ・・・。先日帰省する前に気づいておくべきでしたよ・・・(笑)

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長宗我部信親の墓

さて、次にこの戸次川古戦場で壮絶な討ち死にを果たした長宗我部信親の墓を探しますが、こちらもなかなか見つかりません。県道622号線との交差点のあたりで、再び携帯のナビ機能を使って調べてみると、ナビは目の前の交差点から山側へ向かう道を上って行けと指示します。「え〜、この坂を上っていくのかよ・・・。」

信親さんの墓って山の上にあったのね・・・(汗)

 

目の前に現れたのは、本日ここまでのルートでは最大斜度を誇る急な坂、でも、手をこまねいていても仕方がないので、最も軽いギアを使って気合いとともに坂を駆け上がっていきました。ダンシング(立ち漕ぎ)を使うともう少し楽に上がれるのでしょうが、SPEED P8は20インチの小計ホイール車のためか、坂道でダンシングをすると不安定で少し怖いので、シッティングのまま頑張りました。

 

ようやく坂の頂上付近に辿り着こうとした頃、右手に長宗我部信親の墓と書かれた看板が見えました。看板の位置から奥まった場所へと続く小径を歩いていくと、丘を利用した小さな公園(といっても私には墓地にしか思えなかったが・・・)があり、そこに長宗我部信親の墓をはじめ、信親の事を詠んだ森鴎外の詩碑、戸次川の合戦の戦没者を弔う碑や合戦の様子を解説した立て札などが建てられていました。 

 

でもね、よ〜く見ると、立て札の写真の信親の墓と、写真に納めた信親の墓は形が違うんですよ、しかも結構新しいし・・・。おかしいと思って、一応周辺のお墓も見て回ったのですが、写真と同じお墓は見つけられなかったので、ひょっとして倒壊して建て替えたのか、もしくは写真のお墓は土佐にある本当の墓なんだろうと勝手に思い込んで、その場を後にしました。

 

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戸次本町の町並み

登りの際は苦しめられた坂道でしたが、下りは快適そのもの。路面状況も良くて、車も走っていなかったので、下りの勢いに乗じてペダリングも加え、最高速度にトライしてみました。結果は49.0km/hと、Vespaの巡航速度並の値を記録しました・・・(笑)

 

このまま帰路についても良かったのですが、先ほどの看板の一番上に書いてあった戸次本町の町並みというのが気になったので、ちょっと立ち寄ってみる事にしました。

 

まず最初に立ち寄ったのは、この町並みの中心部に位置し、ひときわ目を引く帆足(ほあし)本家酒造蔵です。ここは、江戸時代末期から明治にかけて作られ、昭和47年まで使われた木造二階建ての酒蔵で、現在は大分市に寄贈され「大分市指定有形文化財」にも指定されています。

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帆足本家酒造蔵に置かれていたパンフレットを見ながら、本町通りに残る江戸末期から明治・大正・昭和初期にかけて造られた建物達を見物して回りました。平日とあって、私以外に町並み見物に訪れている人はいませんでしたが、おかげで静かな町並みをゆっくりと探訪する事ができました。

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雅なcafeでおやつの時間

時刻は15時でちょうどおやつの時間でしたので、散策中から気になっていたcafe「桃花流水」に入ってみました。ここは、古い蔵を改装したcafeで、和の雰囲気を上手く活かしたお店でした。おやつメニューにも素材に和を感じさせる洋菓子があったりして、町並みを散策したあとの気分にピッタリでした。

 

そのおやつメニューの中から私が選んだのは、「米粉の和三盆ロールケーキ」です。落ち着いた雰囲気の中で、上質な和三盆の甘さを楽しみながら、ゆったりとしたひとときを過ごしました。

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最後に立ちはだかる敵

ロールケーキで本日のポタリングに花を添えたところで、そろそろ帰路につく事にします。帰りは大野川沿いの自転車道路メインで帰れば楽勝だろうと思っていたのですが、思わぬ敵が行く手に立ちはだかりました。

 

そう、それは風です。

 

いつの間にか結構きつい風が吹き始めていて、帰りはその風を正面から受ける羽目になりました・・・。軽いギアでペダリングを続けていきますが、なかなかスピードが乗らず、今までの平均車速を上回る事が出来ません・・・。ちょっとした路面の傾斜や風向きによって走りが一変するのが自転車なんだよなぁ。

 

途中から、風の影響を受けにくそうな道を選んで走ってみましたが、あまり効果はありませんでした。それでも休むことなくペダリングを続け、最後に控えるアパート近くの急坂も渾身の力を振り絞って乗り越え、17時ちょうどに無事アパートの部屋まで帰ってきました。RSだと軽いお散歩ぐらいの距離なのに、自転車だと6時間というほぼ一日がかりの旅でした・・・(笑)


まとめ

今回のポタリングは、かなり突発的に行動に移したものでしたが、その割には案外スムーズに(迷走はあったものの)予定していた見所を回る事が出来ました。

 

機会があれば訪れてみたいと思っていた戸次川古戦場へ実際に訪れる事が出来たのは、今回の長期出張の数少ない恩恵でしょう。

 

当初の予定になかった戸次本町の町並みも、規模は小さいながらもなかなかしっかりしたもので、充分な見応えがありました。

 

ただ、気になっていた長宗我部信親の墓ですが、後日調べてみたところによると、やはり写真に納めたものは墓ではなく、森鴎外が信親の悲劇を詠んだ叙事詩の碑を示すものだった様です。よく見れば、たしかにそう書いてあるのですが、句碑そのものよりも大きいから勘違いしちゃいましたよ・・・。

 

となると、信親の墓はどれだったんだろう・・・?これは再訪しなけりゃならないかな・・・、いや、でもあの坂は登りたくないなぁ・・・(笑)